心の塑性

2022/07/18
ロゴ

こんにちは、中村です。

梅雨の再来なのか、ぐずついたお天気が続いておりますね。

丸一塾では、昨日より夏期講習がスタートしました。

何か一つ、明確な目標を持って授業に臨んでくださいね。

 

 

 

 

今月のブログでは、前回お話した通り

「なぜ中村の人格がたくさんあるのか」

について、そういう生き方になった理由を

掘り下げに掘り下げます。

ちなみに前・後編の大作です。

 

 

 

 

なんの話か覚えてないよって方は、まずこちらをお読みいただけると幸いです。

https://maruichi-juku.jp/blog/column/20220620-1133/

 

 

 

 

さて、どこから話せばいいのかわからないので結論から話しますと、

私がこういう生き方をするようになったのは

中学時代に受けたいじめが大きな要因でしょう。

 

 

 

 

そうなんです、中村、めちゃくちゃいじめられていました(笑)

多分みなさんが想像している10倍はどギツイやつを受けていました。

期間としては、中2の一学期〜中3の夏くらいまで。

大体1年ちょっとだったかと思います。

ちなみにピークはふたコブで、中2の秋と中3の春です。

 

 

 

 

私が中学生の頃は、今よりもいじめが横行していたと思います。

あとは「多様性」なんてものへの意識も薄く、

悪く言えば色々なことに「差別的」であったとも思います。

 

 

 

 

いじめの原因は…なんだったのでしょうか?

これは本人たちに聞いたことがないので分かりませんね(笑)

 

 

 

 

小学生の頃、曲がったことが嫌いで

悪ガキたちがモラルや規則を守れないことに対して

注意をして衝突、なんてことはしばしばありました。

ですが、中学生になってからはそういうことも

なくなっていたので、正直本当に分からないです。

 

 

 

 

とまあそんなこんなでいじめを受け始めた中村ですが、

割とマジで悲惨な目に遭ってきました。

 

 

 

 

まずは恒常的な無視。よくあるやつですね。

これのキツさは、いじめの主犯たちだけではなく

彼らとは全く関わりのない人たちも自分から離れていくこと。

「中村と関わると、自分もあっち側になる」のを

みんな分かってるんです。

 

 

 

 

それでも、完全に一人になったわけではありませんでした。、

いじめに与することなく、

かつ誰とでもうまくやれるような子(巻き添えにならなそうな子)を必死に探して

どうにかこうにか毎日を過ごしていました。

 

 

 

 

いじめの話になると世間は

「傍観しているのも、いじめに加担しているのと同じだ」

などと綺麗事を抜かしますが、これに対して当時の私は

「いや〜分かるわ〜〜!!こっち側にくるの嫌だもんね〜〜〜!」

のスタンスでした。

 

 

 

 

あ、でも校外行事の部屋決め、班決めは相当心にきました(笑)

順当に最後まで残り、皆が私を押しつけあっていた光景は

今でも鮮明に思い出せますよ。

 

 

 

 

ただ人というのはすごいもので、無視にはそのうち慣れてきます。

「全然平気、気にもならない!」というわけにはいきませんが

しんどさはある程度軽減されていきます。

いじめる側にとっては面白くないんでしょうね〜〜〜

 

 

 

 

 

さて、そうなるとステージ2です。

次は私の所有物が侵され始め、いじめが可視化します。

 

 

 

ロッカーの中に入れてあった缶のペンケースが

油性ペンでぐちゃぐちゃに落書きされボコボコに凹んでいて

中のペン類は一つ残らず折られていたり

 

 

体育から戻ると本来紺色のジャージが

黒板消しで叩かれて真っ白になっていたり

 

 

 

 

このような感じでエスカレートしていきまして、

徐々に中村の心がゆがみ始めます。

 

 

 

 

 

 

…以上、前編です。

思っていたよりも内容が重たくなってしまって

中村自身が一番困惑しています(笑)

 

 

 

 

ですが、これがリアルです。

蓋をするのではなく、そういうことが実際に起こっていたのだと

知っていただくことも大事なのかな、と。

 

 

 

 

ちなみに「人格が〜〜〜」の話が出てくるのは後編です。

ぜひお読みいただければと思います。

 

 

 

 

それでは、また来月!