何かを知らないということは

2019/01/22
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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。中村です。

 

年末年始はありがたいことにお休みをいただけたので、親戚だったり学生時代の友人だったりに会って、穏やかな年越しを迎えることができました。

 

ちなみに三ヶ日はずーーーーーっと「中村の好きな食べ物ランキング第4位」のお雑煮を食べていました。

 

ちなみに不動の第1位はカレーです。

2位と3位については、どうしても気になる方がいらっしゃれば直接私のところにおいでください。笑

 

 

 

 

 

さて、本日は「知識と生活」のお話。

 

 

私はお笑い芸人さんが大好きで、よく芸人さんのネタ番組を見ます。

年末年始は普段テレビであまり見かけない方もたくさん出演してネタを披露しているので、毎年この時期を楽しみにしているのです。

 

 

そこで色々な芸人さんのネタを見ていて、ふと思ったんですよ。

 

 

 

 

「これはなんで面白いんだろう?」

 

 

って。

 

 

結論から言いますね。それは

 

 

見ている側に常識知識があるからだ

 

 

と私は思います。

 

 

 

例えばみなさん、ナイツという二人組の漫才師をご存知でしょうか。

その人たちのネタの最初で

「ヤホーで調べてきたんですよ」

というセリフがよく出てくるのですが、これで笑える方は“ある知識”を有している方です。

 

 

 

「ヤホーで調べる?あ、この人は検索エンジンのYahoo!を間違えて読んでいるんだ!」

 

そうです、このセリフは元のYahoo!を知っていて、初めて笑えるものなのです。

 

ツッコミがこの思考の手助けをしてくれていることもありますが、なんにせよこの気付きがあって、やっとこのセリフで面白みが生まれるのです。

 

 

 

そんなことを考え始めたら、もうこの疑問は芸人さんのネタの範疇を飛び越えて様々なことに繋がる気がしてきました。

 

 

 

極端な話、ただ街を歩いているだけでも、その街の歴史を知っているかそうでないかで見方が変わりますし、窓に止まった虫を見ても、道に咲いてる花を見ても、鳥の声を聞いても、その分野の知識があるのとないのでは感じ方もなにもかもが変わるんです。

 

 

知識は、生活を豊かにするのです。

 

 

 

そしてこれは専門分野に限った話ではありません。

 

少し前に中高生の間で流行っていた(?)「了解道中膝栗毛(りょうかいどうちゅうひざくりげ)」も、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」を知っていなければただの漢字の羅列です。

「江戸川意味わか乱歩」も元の「江戸川乱歩」を知らなければ本当に意味わか乱歩になってしまいます。

「やばたにえん」だって元は食品メーカーの「永谷園」です。

 

 

 

世の中にはこういった知識や常識を必要とする笑いやジョークが溢れています。

そもそも元来、笑いというものは教養を必要とするものなのです。

 

そしてその必要な要素は、学生時代の勉強で身につけられるものが非常に多くあります。

 

「数学なんて将来使わないじゃん」

「古文を勉強してなんの意味があるの」

 

などと言っている子たちは、笑いの機会をみすみす逃しているのです。

面白いと感じられる機会を自分で捨てているのです。

 

 

 

 

どうですか。

“知らない”ということは、とても勿体無いことなのです。

知識は日々の生活を豊かにするためにつけるものなのです。

どうかこのことを忘れずにこれからの日々を過ごして欲しいと思います。

 

 

 

 

ちなみに中村は今「昆虫」について毎日のように調べています。

昆虫といっても人間に忌み嫌われる“あのムシ”ですけどね…(笑)

 

それではまた来月。