平成最後の

2019/04/09
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平成最後のパタです

 

 

最近、とあるバンドのボーカルが亡くなったり、音楽関係者の訃報が続いています。

 

才能がある人程、若くして他界してしまうのは何故でしょう。

 

私、最近のJーpopにはとても疎いのですが(日々、中学生から教えてもらっていますが)

 

日本のロックバンドが大好きでして、ライブに行くのが趣味の一つだったりします。

 

聞き始めたのは小学校5年生の頃でした、そこから完全に魅力に囚われ

 

高校生の頃からは友達とライブハウスに行ったりと

 

夏にはもう10近く連続で行ってるライブフェスがあったり

 

今は年に2回か3回程度しかライブに行くことはなくなりましたが

 

好きなものがあるって良いですよね。大袈裟かもしれませんが、それがあるだけで生きてて良かったと感じます。

 

なのでジャニーズ好きな女子達の気持ちはものすごく分かります笑

 

 

そんな話をしていたら先日高校生に「ライブの何が良いの?」「イヤホンで聴くのと何が違うの」と聞かれました。一言でいうとまさにそれが「ライブ感」なんですけど・・・

 

 

ライブ感について語りたいところですが、日が暮れてしまうのでまたの機会にします・・・

 

 

お勧めのバンド知りたいと思ったらいつでも聞いて下さい笑

 

 

さて、本題ですが

 

何故私がここまで15年以上、同じ好きな物に囚われているか考えてみました。

 

私、唯一、親に「やれ」と強制されていたものがあったんです

 

それは勉強でもなく掃除でもなく

 

ピアノでした。幼き頃3歳くらいで自分でやりたいと言ったようなのですが

 

小学生になると毎日2時間は練習を強制されていました。

 

知っている方もいるかもしれませんが

 

私はピアノを15年近くやっていてコンクールなんかにも出ていました。今では全く弾けませんが

 

母親がピアノの先生を自宅でやっていたので

 

家で流れる曲は基本クラシックで

 

ピアノも勿論、クラシック音楽しか弾いていませんでした

 

恐らくそれに対しての反抗でしょう・・・

 

やれ」と人に強制されたものほど「やりたくなくなる」現象ですね

 

これ、心理学的にも証明されているんです

 

ブーメラン効果」ってやつです。これについてもまた今度詳しく話しますが

 

 

一度は皆さん経験したことあるのでは・・・

 

 

私はピアノでのこの経験を生かして、クラシックの逆のロックに走り

 

中学生になると自ら「塾に入りたい」と志願してピアノから勉強に逃げました笑

 

またここでも「勉強しなさい」と言われたくなかったので、絶対言われないように勉強しました。結果こうなったのですが

 

塾に入りたい」と言って勉強してなければそりゃ文句言われますよね

 

私の場合極端なので参考にしなくて良いですが、やりすぎって言われるくらいやってました

 

年末家族が紅白みている間も新年のカウントダウンしている間も笑

 

 

 

 

「やれ」という言葉には実はメリットもあったりするのですがそれもまた次回

 

ただ基本マイナスイメージですよね

 

一度言われてしまったら仕方ないです、二度と言われないようにするしかないです

 

それは自分の気持ちを下げないために、是非!!