一芸に秀でる者は多芸に通ず?

2021/06/07
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6月に入りました。

本格的な梅雨到来のこの季節、雨ばっかりで嫌になっちゃいますよね。

 

 

 

雨の中だと犬の散歩にいけない、田中です。

私が飼っているシェットランドシープドッグは、日本の気候に合わない犬で湿気に激弱な為、雨の中では散歩が出来ません。

何とか1日の中で雨が弱かったり、やんでいる時間を狙って散歩に行っています。

 

 

 

 

 

さて、タイトルのこの諺、皆様は知っているでしょうか。

 

 

 

 

意味は「何か1つのことに秀でていたら、いろんなことができるようになる」となっています。

 

 

 

科学的なアプローチとしては、脳の汎化作用というものがあるらしく、脳の1つの分野を伸ばすと他の分野も伸びてくるというものだそうで。

 

 

 

具体例をあげると、そろばんなら計算力をどんどん伸ばしていくことで他の暗記力や思考力、理解力など脳において関連性のある分野から能力を引き上げていこうと働きかけるそうですよ。

 

 

 

また面白いことに、この汎化作用は記憶をつかさどるといわれている左脳よりも、感覚的な能力が強いと思われている右脳で強く引き起こされるようで。

 

 

 

そもそも右脳が感覚的なもの、左脳が記憶的なものという単純な区分けが間違いなんですけどね。

 

 

 

記憶というものに関して。

右脳の方が記憶容量は膨大です。ただし詳細な名称や数値を記憶することを苦手としており、イメージでの膨大な記憶量をもっています。

一方、左脳は名称・数字などの文字情報による記憶を行いますが、その記憶容量は右脳と比べるとかなり少ないものとなっているのです。

 

 

 

 

私が高校生で担当をしている日本史という教科は、「単純」記憶科目という批判を常に受けてきました。

 

実際にセンター試験から共通テストという名称変更と共に、批判されてきた「単純」記憶科目からの脱却をはかるため、資料問題形式から出題をすることが多くなりました。

しかしこれは表面上の批判をかわすために出題形式という目にみえる形でかえたに過ぎず、本質的な部分で最初から求められているのは右脳左脳それぞれに関わる「(単純ではなく、相関性があり、創造性がある)記憶なんですよね。

 

表面上のものしか見ていない人間からすれば出題形式が変わった=暗記ではなくなった、になるのでしょう。

一問一答形式でも、そこから得られる情報により深みをもっていたものがしっかりと解答できていたので、出題傾向がかわろうとも本当の勉強方法が出来ている人間には何の支障もない、ということです。

 

 

 

 

 

少し諺から脱線しましたが、ここまでは諺通りの話。ここからは、その諺、本当?の話です。

 

 

 

 

もう1つの高校生の担当教科である現代文関連から実例を出しましょう(最近はメインで教えることも少なくなりましたが)

 

 

 

有名な作家である松本清張は、作家としては“特上”でも実社会人としては“並”以下でした。水上勉しかり、黒岩重吾しかり、皆作家になる前の生活振りからしたらもう実社会人としては“並”以下のレベル。しかし作家になってからのレベルは文句なしの“特上”。つまり一芸に秀でるからと言って他の領域でも秀でるわけでもない実例が確かに存在しています。

 

 

これは特に一個人的な能力に全面依存しこれを発揮するタイプの人に多い特徴です。

 

 

 

動物でいうと単独で狩りをする虎タイプ。これに対して世間の大方の人は群れで狩りをする狼タイプです。

 

狼の群れの中に虎を一匹押し込んで「さぁ、みんなと群れになって組織プレーで獲物を追い込んで仕留めよう!」と言っても、虎は群れで狩るスタイルの中では自分のポジションが分らなくてオタオタして役立たずのまま終わってしまいます。

虎は虎として単独で狩りをする時にその強大なパワーを発揮するものです。

単独狩りでは超一級品のハンター虎でも、群れ狩りの中では足手まといの“並”以下レベルになってしまいます。

 

 

これは逆も言えます。

狼の群れの中で一番優秀なリーダーを仮にヘリコプターで吊るしてジャングルの中に降ろして「これからお前は単独で狩りをして生きていけ。」と言っても無理でしょう。

 

狼は群れをなしているからこそ強いのであって、一個の単体としてみたら動物界では小さな動物になってしまいます。単独狩りは到底無理。それどころか、他の肉食動物の餌食になってしまうでしょう。

 

 

 

さて、ここまで読んでみて、この諺は正しいでしょうか。正しくないでしょうか。

 

 

 

世の中にあって当たり前とされているもの。意味が規定されているもの。

この英単語に、この意味がついているのはなぜか。

新しいシリーズとして放映中のドラマのドラゴン桜でもいっていましたが、物事の本質を見抜く力はいつどんな時代でも必要とされる力です。

 

 

 

 

そして答えは1つではありません。

多様性が叫ばれる世界で、絶対的な解答など存在しなくなろうとしています。

学びからつながる他者への理解。次世代の人間に必要とされる力を、私たち大人が少しでも養ってあげられるよう、努力を怠らずに日々を過ごしていきたいものです。