今を生きよ。

2022/04/03
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新年度、最初のブログのトップバッター、田中です。

 

 

 

春といえば出会いと別れの季節。

 

 

 

丸一塾でも卒塾していく子たちと、新しく入塾してくる子たちで忙しくなる時期なんですが、今回は親御さんの転勤などの関係で少し早いお別れを何件か経験することになりました。

 

 

 

思い返してみると、塾をやり始めてから11年目?12年目?になるのですが、今まであまり引っ越しでお別れをすることがなかったような気がします。もっとあっていいような気もしますが、今までがたまたまだったんでしょう。

 

 

 

過去に自分も引っ越しで転校するかどうか、家族として決めなければいけない時期があった(まだ田中家が解散する前ですね。私の家族は解散済なので家族と呼べる存在は犬のダニーだけ、獨協大学前の松原本校にいるのは「他人」になった元妹)ので、自分だけが新しい環境に放り込まれる不安、とてもよくわかります。

 

 

 

「新しい環境にいくんだから前向きにいきゃいいじゃん」なんて無責任なこと、経験した身からすれば言えません。

 

 

 

そもそも人間の行動原理は、プラスよりもマイナスを元にしています。

良いものをオススメするよりも悪いものの口コミが目立ち、人の長所よりも短所の方に先に気持ちがいってしまう。

不特定多数のインターネット上で、いわゆる炎上というものが起きてしまうのもマイナスの方が優先されるからです。

 

 

 

不安の大小や性質は住んでいる地域や民族性などでもかわってくるのですが、人類共通の「敵」と認識されているのは「飢え」です。

ヒトは生きていくために食べねばならない。

食べられなくなる「不安」を極力取り除きたい、これが大元としてあります。

 

 

 

さて、転校というものもひとつの「不安」です。

「不安」は数多くの経験から構成されています。大人になればなるほど、経験してきた量が蓄積され、不安がより大きくなり保守的となる。

政治でもそうですが、世の中を大きく変えようとするときに若者ほど変化に寛容であり、年代があがるにつれて変化を嫌う傾向が強くなります(大阪都構想なんてのがちょっと前にありましたねえ…)

 

 

 

「飢え」という不安から逃れるために、ヒトは動物であることを否定できません。

しかし人が動物と同じではなく「人」たらしめるのであれば、それは本能から指示される不安より優先して選択しなければならないものがあるのではないか?そしてその答えは未来が無限にある子どもにあるのではないか?とも思います。

 

 

 

丸一塾の小学生低学年クラスは、様々な小学校から塾に来ている子たちがいます。

基本的には週1回しか会わず、最初はお互いにしゃべることもありませんが、一瞬にして友達を作ってしまいます。

 

 

 

子どもにとっての週1の感覚と、大人にとっての週1の感覚は全くの別物です。

大人にとって毎週会うことは、家族を除いて人と接する機会としては多いはずなのに、子どものように他人と仲良くなることはあまりありません。

 

 

 

それが子どもだと、何か1つきっかけがあれば、すぐ、です。

 

 

 

いつの間にかしゃべるようになり、いつの間にか競い合うようになり、いつの間にか終わった後に遊ぶようになる。

 

 

 

そんな子たちを見ていると、自分が忘れかけていること、もったいない機会、保守的になって不安から逃れることで失っているものがあるんじゃないかな、と思わせてくれます。

 

 

 

勉学は教えていますが、教わることの方が多いことに感謝して、今年度もより精進していきますのでよろしくお願いします。

 

 

 

 

そして最後に。

引っ越しをして塾を旅立っていった塾生たちへ。

各々がもっている良さをいつまでももって、日々楽しんでいってください。

いつか、どこかで会えると思って、私も日々を楽しく過ごそうと思います。