こんにちは、中村です。
朝晩は冷えるようになってきましたね。
体調など崩さぬよう、気をつけてくださいね。
今月は
「中村いじめ体験記 完結編part1」です。
前編→心の塑性
後編→激オモ話
エピソード部分を忘れてしまった方は、こちらからどうぞ。
完結編でお話しすることは二つ。
part1では
「いじめというものについて中村が思うこと、考えていること」
来月のpart2では
「いじめが中村の人格形成にどういった影響を及ぼしたか」
です。
では一つ目。
実際にいじめられたことのある人間が、
いじめについてどう考えているのか、少しだけお話しします。
なお、この話は
「いじめ問題に、一石を投じてやるぞ!」
なんていう大仰なものではなく、
単に私個人の考えを、つらつらと述べるだけです。
さて、初っ端から皆様の予想(?)を裏切ることを申しますが
よく教育現場等で掲げられる「いじめ撲滅」みたいな考え方、
私は「100%不可能だ」と思っています。
「いじめ0、達成」なんて宣ってる学校は、嘘をついているか
教師が気づいていないだけ、とまで思っています。
いじめはなくなりません。絶対に。
あんな面白いこと、誰がやめるかよって話です。
もちろんこの発言に、いじめを正当化する意図はありません。
ですが、大人たちの中ですら発生することもあるいじめが、
大人に比べると精神的に未熟な子供たちの中では起こらない、
なんてことはあり得ないのです。
しかし、今現在もいじめによって苦しんでいる子がいるのは事実。
これを放っておくことはできないでしょう。
さて、学校現場いじめが発生した場合には、いじめの被害者の子たちに対して
相談室とそこにスクールカウンセラーを配置し、対応にあたります。
いじめの度合いによっては、教室に居られなくなった子を相談室で匿い
物理的に加害者との距離を取る形で、被害者を守ります。
ですが、私はこの対応には疑問と不満がございまして。
いじめの原因がなんにせよ、
「いじめる側が悪」
これは揺るがないと思うんですよ。
なのに、なぜ被害者側が教室を離れなければならないのでしょうか。
(ちなみによく「いじめられる側にも原因が〜〜」という話を見かけますが、
正直これに関しては場合によると思っています。
繰り返しますが、いじめを正当化する気持ちは一切ないですし、
いじめをしていい理由には絶対になり得ませんけどね。絶対に。)
海外では、逆にいじめの加害者を教室から退かせ、
場合によっては精神科などに通院させることもあるそう。
私はこちらの対応の方が納得がいきますね。
社会的にも「いじめは悪」として認識されているのだから
これくらいの対応をしても構わないだろう、と思っています。
いじめは起こる。誰がどんなに気を配っていても起こってしまう。
未然に防ぐ、なんてのは夢物語です。
重要なのはそれをいち早く察知し(または察知するための対策を練り)、
被害者に一切のマイナスを被らせることなく解決することではないでしょうか。。
これが私の考えです。
多分これの一番の難関はいじめの察知なんですが、
そんな中、我が国は教員になるためのハードルをさらに下げる意向のようですね。
教員と生徒の信頼関係無しに、いじめに気付くことは不可能ですよ。
本当に頭が痛い。
最後は愚痴みたいになってしまいましたが
以上が私が思っていることの一部です。
来月ではpart2の「人格形成への影響」をお話します。
(実は、完結編をパートごとに分ける予定なんてなかったのですが
見通しを途方もなく間違えていたので渋々分けました。とほまちです。
文章を考えるのが下手すぎますね笑)
それでは、来月こそ本当の最後です。
皆様楽しみにしていてくださいね。
それでは!